ここからはじまる!獣医再生医療ファーストステップ

「獣医再生医療の幕開け」

再生医療、それは薬でもなく 、手術でもなく、患者自身の細胞を用いる治療。
患者自身の自己治癒能力を引き出し、増幅する治療法である。 これにより、従来治せなかった病気が治るようになってきている。

生体の意図をくみ取る

私はふと、ひと昔前、再生医療という概念がなかった頃のことを想うことがある。 今にして思えば、「その時代には、どうやってこの病気を治していたんだろう?・・・」 と考え込んでしまう。 それほどに今が進歩したとも言えるし、もう再生医療の無かった時代には 戻れないと感じる。 その頃には「治せない」「治らなくて当然」と思われていたのであろう。

かつての治療法の中には、ときおり「力ずくの治療法」がまかり通っていた。 決して生体の最も求める治療法ではなかったのではないかと疑ってしまう。 忘れてならないことは、「生体は治ろうとする自己治癒能力を持っている」ということである。 その生体の意図をくみ取り、自己治癒能力を温存し発揮させるのが、生体にとって最も望ましい。 もしも外傷から時間が経ってしまったり、大きな侵襲を加えてしまったりして自己治癒能力が減衰したときには、 それを増強する手段(再生医療)がある。仮に大きな侵襲を加えても、生体はそれを乗り越えて 治癒させるかもしれないが、生体の意図に沿って治癒を助ければ、 もっと速くもっと強くもっと綺麗に治るのである。 つまり、生体の自己治癒能力を温存し発揮させる治療法が第1に優先されるべきであろう。 自己治癒能力を増強しようとする再生医療は第2の手段である。生体の損傷が大きいほど、 損傷から時間が経過しているほど、生体に自己治癒能力が乏しいほど、治癒が遅く弱くなるために、 こういった再生医療的な考え方が必要となる。

再生医療によって恩恵を受けたジャンルは多岐にわたる。 生体のいろいろな組織が細胞工学的な手技、つまり再生医療に よって再生し治癒することが分かってきた。しかも素早く元通りの 形状と機能を再現する。よって私が考えている再生医療とは、 「その生体の細胞やサイトカインを使い、自己治癒能力を増強し、 損傷した組織を より速くより強くより綺麗に治すこと。 つまり正常に近い形状と機能を取り戻すこと。」となる。 2004年、今から4年ほど前に、 CAPという雑誌に 「再生医療の夜明け」という主旨の記事( 岸上獣医科病院Webサイトに掲載中 ) を書かせて頂いた。 その後「獣医再生医療研究会」も発足し、順調に会員も増加の 一途を辿っている。

ips細胞

その間に京都大学再生医科学研究所の山中伸弥先生による ヒトips細胞(誘導された多能性幹細胞)が開発され、 ノーベル賞が期待されている。 かつてクローン羊の「ドリー」が誕生したのが1997年、 次にヒトES細胞株が樹立されたのが 1998年であった。その時から10年という月日を経て、 大きな衝撃と共に迎えられたその山中先生の研究成果は、 生命科学の既成概念をくつがえすほど驚きに値するものであった。 成体の体細胞から多能性細胞を作り出す、つまり免疫拒絶性もなく 受精卵を犠牲にしないという、倫理面でのクリアを果たした ips細胞は、国家を挙げての展開になり、研究はさらに スピードアップしている。ただ、現実に我々が臨床で実用できる までには、まだまだ時間が掛かり、おそらく10年以上は 待たなければならないであろう。

骨髄幹細胞の応用

再生医療には、ips細胞の他にいろんな技術が用意されているし、 これから獣医師はいろんな技術を開発していかなければならない。 たとえば現時点で非常に効果が認められているのが、 骨髄幹細胞である (図1)

患者の骨髄を採取し、そのなかの骨髄幹細胞を培養増殖して、その細胞を組織の損傷部 または静脈点滴で用いると、明らかに損傷の治癒が速まることが知られている。 たとえば、ヒト脳梗塞の治療の一環として、患者自身の骨髄から幹細胞を 選択的に培養増殖し、それを患者の静脈に点滴するという手技が 用いられている。当院では、椎間板ヘルニアによる後肢の 完全麻痺が半年間ほどあって、臀部に褥創が起こっていた症例があった。 飼い主さんの承諾を得て、自己骨髄幹細胞を培養し静脈点滴し、 さらに脊髄液内にも細胞を注入した。驚いたことに数日でなんとか 4つ足で立つことに成功した。もちろん褥創はめきめきと治っていった。 そして数ヶ月を経て4つ足で歩行出来ている。このことが即、骨髄幹細胞 による効果があったとは断言出来ないが、なんらかの影響はあると見ている。

もともと骨髄幹細胞の役割は、理論的には次のように説明できそうだ。

1、組織の損傷が起こったときに、 損傷部位が「この部位が損傷した」というシグナルを発信する。 (図2-1)

2、骨髄から幹細胞が発進し、血行に乗って身体全体を駆けめぐり、シグナルを感知し、 損傷部を見つけてその部位に集まって留まる。 (図2-2)

3、その部位の組織の種類に応じて神経栄養因子などのサイトカインを分泌し、
応急手当をする。(図2-3)

4、その部位に血行を新生するサイトカイン、血管誘導因子を分泌し 血行を
構築する。(図2-4)

5、その部位に応じて骨髄幹細胞が血管内皮細胞や神経細胞に分化する。 (図2-5)

つまり元来、骨髄幹細胞は損傷部を治すプロフェッショナルであり、 本来の自己の細胞の働きなのである。この骨髄幹細胞を培養し増殖してから 生体に戻すという治療法は、本来の自己治癒能力を増幅しているのであり、 再生医療そのものである。この治療法が是非とも全国に広まっていくことを期待している。 骨髄を採取し、培養装置で培養すれば、2週間で大量の骨髄幹細胞が得られる。

奈良県の中山正成先生と日獣大の原田恭治先生の研究による、骨癒合不全の際のプレート法と 骨髄幹細胞の適用の成績発表がなされた。すばらしい結果に驚きを隠せなかった。 当院においてはプレートではなく、創外固定法と 骨髄幹細胞の組合せを、骨癒合不全の症例に実施しており、これも好成績を上げている。

山口大学医学部の坂井田 功先生(消化器病態内科学)は、肝硬変の患者に対し、 培養した骨髄幹細胞を静脈内に点滴している。驚いたことに、線維化した肝硬変が 元の健康な肝臓に戻っていく。坂井田先生いわく、「肝硬変の治療というのは、 従来はいかに進行を遅らせるかということに専念していた。しかし、この骨髄幹細胞の治療は、 まるで時計の針を逆に回すという画期的なものだ。」とのことである。

現在の段階で、骨髄幹細胞を培養してから血管内に戻すという治療が有効と考えられている 病気は数多くある。脳梗塞、心筋梗塞、I型糖尿病、脊髄損傷、肝硬変、 末梢動脈閉鎖症などである。猫の心筋症のときの血栓症による後肢の壊死も、 この治療法が有効かもしれない。