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いま、獣医臨床が求める再生医療とは:岸上義弘
(岸上獣医科病院、京都大学再生医科学研究所 再生医学応用研究部門 
臓器再建応用分野)

はじめに

再生医療って何?いったいどんなことをする医療なのだろうか?
この単語を説明するのにひと言では語りにくい。 分かりやすく説明するために、実際にはこんな症例に、こんな対処法をするという実例をまずお話しよう。


1、獣医臨床での実例

いま、犬の気管にガンができたと仮定する(図1A)。それを治療するために、 手術によってガンを気管ごとごっそりと摘出する。その後、その摘出部位には大きな組織欠損が起こる (図1B)。 何もなくなってしまったこの部位をいかにして復元するか……悩むところである。 気管やガンだけにとどまらず、あらゆる部位でのこういった悩みは、 我々臨床家にとっては、日頃から直面するものであり、珍しいことではない。 動物の生体の各所が外傷や腫瘍(しゅよう)によって大きく欠損することは日常茶飯事である。

大きなガンであったため、気管病変部はマージンを含めて大きく摘出したとする。 残った近位側の気管と遠位側の気管の断端同士を減張縫合しても届かない。 たとえ無理に縫合させて届いたとしても、テンションが高く、 いずれ縫合糸が気管を裂いていき、そこから空気が漏れ、 犬が重い病態に陥ることが予想される(図1C)。

それならば、シリコンチューブなどの人工気管で代替し、テンションがかからないようにすれば、 空気の通り道は確保できる(図1D)。当面は問題がないようにみえる。 しかし、本当に重大な問題が徐々に起こってくる。痰(たん)を排出することができないので、 気管支炎・肺炎へと進行していく可能性が非常に高いということである。シリコンチューブ内面には、 痰を排泄する機能を持つ繊毛細胞は再生しない。

あるいはまた、他の犬から摘出した気管を移植(図1E)すると、一旦死滅した組織のごく一部から、 多少の繊毛細胞は再生するかもしれない。しかし、実際にはそれどころでなく、 異種蛋白(いしゅたんぱく)に対しての拒絶反応が起こり、新しい生体には移植気管そのものが生着しにくい。 拒絶反応を避けるためには免疫抑制剤を服用し続けなければならない。その副作用たるや甚大となる。




2、現代医学の限界を打破する再生医療

前述の話に出てきたシリコンでの代替が「人工臓器」の一種であり、他の犬からの気管の移植が 「臓器移植」の一種であると考えていただきたい。いずれも問題を抱えており、 現代医学の頂点でもありながら限界でもある。これらの問題を打破する可能性のある医療が再生医療である。 文字通り組織や臓器を再生するのである。その学問的領域が再生医学であり、 使用する技術的材料的学際領域が組織工学であると筆者は認識している。

減張縫合でもなく、シリコンでもなく、気管移植でもなく、 その組織や臓器の重要な機能を生涯にわたって発揮しながら、薬剤の副作用にも苦しまない。 そのような治療法がすでに研究されている。それは、自己の細胞やサイトカイン (細胞が分泌する生理活性蛋白質:細胞同士の情報伝達物質)などの力を借りて、白己の繊毛細胞を内面に作り 出す「再生」気管である(図2A、図2B)。

再生された気管には、内腔スペースを保持するという機能、そして空気を漏らさないという機能に加えて、 内面にびっしりと自己繊毛細胞を増殖させており(図2C)、 これが痰の排出という機能をも可能にしている。

つまりこれは人工臓器をはるかに上回り、天然組織と同等の多機能を備え 、自己細胞によって形成されていることから、抗原性を持たないというメリットも持ち合わせている。 しかも再生された組織は、生涯にわたってそれらの機能を発揮する。さらにはドナーの不足に怯える必要もない。 これが再生医療のほんの一例である。現在では、実に多くの組織・臓器が再生可能となってきている。


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