PAGE 1/12 →次のページへ



サイトカインの不思議:岸上義弘
(岸上獣医科病院、京都大学再生医科学研究所 再生医学応用研究部門 
臓器再建応用分野)

はじめに

前号では、再生医療とは、いったいどんなことをするの?という疑問から入り、広く浅く再生医療のことをお知らせした。再生医療の3要素として、幹細胞・足場・サイトカインということをお話しした。動物も植物も細胞から成り立っており、これらの細胞が作る蛋白(サイトカイン)によって生体が機能していると言っても過言ではない。
今号では、再生医療には欠かせない「サイトカイン」について、再生医療以外のことにも脱線しながら、サイトカインの仕組み、サイトカインの働き、サイトカインの利用法、サイトカインが作る病気、などについて書いてみた。難しい化学式などを使用していないので、肩の凝らない一連の「読み物」としてお読み頂ければ幸いである。


桜の海

日本の近畿地方には、吉野という桜の名所がある。4月上旬から5月上旬にかけて、ふもとから山頂へと、順々に桜の花が咲き登っていく。それはゆっくりと確実に高いところへ波のように押し寄せていく。さながら桜の海のような風景が延々と続く。山々を桜色に染め上げて輝く様は、筆舌に尽くしがたい趣がある。山に張る根、枝々を支える幹、舞い散る花びら、これらすべて細胞で構築されている。考えてみれば、動物も植物も同じような細胞から成り立っている(CAP vol.1「再生医療とは」参照)。我々動物も桜も祖先は同じ。こう考えると吉野の天空を舞う桜吹雪も感慨ひとしおである。
その何万本もの桜の花が、一斉に咲き乱れる。日照時間や気温や気圧を察知し、多少の気まぐれな桜もご愛敬、ほとんどの桜が同時に見事に花を咲かせる。彼ら(と呼んでいいのだろうか)は、「今から花を咲かせるぞ」と声を掛け合っているのだろうか。植物の個体と個体の連絡手段は、はっきりとは解明されていない。おそらく植物は細胞や分子のレベルで日照時間などの微妙な変化を捕らえることができる能力を持っているらしい。

かたや動物の場合は、どうだろう。個体と個体の間で連絡を取る手段は多くある。声を掛けたり、合図を出したりすることができる。その分、日照時間や気温や気圧を察知する能力は退化したかも知れない。それらの動物の身体は、細胞から構築されている。哺乳類をはじめとした生体を細胞が作り上げている。受精卵から始まった細胞分裂によって、約200種類の細胞に分化し、それぞれ異なる役割を持つ約60兆個の細胞集合体に育っていく。他の個体の命令を受けなくても、多少の形状の違いはあるのだが、おおよそ決まった方向に細胞は分化し、種によって同じような大きさ、色、形の生体を形作る。

ただの細胞集合体であれば、それでいいというわけではない。外敵を認識したり、それに備えたり、菌を抹消したり、ガン化を防いだり、外傷を治したりなどなど、生体は自己防衛網を張り巡らせておかなければ、生きては行けない。そして生きていくためには、他の生物を摂取し、消化吸収しなければならない。身体の中の各臓器各組織の細胞が、お互いに密接な連絡を取らなければ、うまく機能しない。こういった細胞集合体の生きるための行為は、細胞がつくる蛋白質の働きによるところが大きい。そういった細胞が作り出す蛋白のうち、生体のさまざまな高次機能(免疫系、造血系、内分泌系、神経系、組織損傷修復など)を維持する上で重要な生理活性物質のことをサイトカイン(cytokine)と呼んでいる。cyto(細胞)とkine(作動物質)の造語である。細胞を増殖したり分化させたりする能力があることから、Growth Factor(増殖因子)とも呼ばれている。サイトカイン=増殖因子ということではなく、サイトカインにいろんな種類があるが、主なものとして細胞増殖因子が存在する。

細胞集合体である生体で起こる現象は、おおむね、サイトカインによって引き起こされると考えて、ほぼ間違いない。実はサイトカインは細胞間連絡物質、つまり生体同士の「声」に相当する。生体は肺と喉とで声を発し、鼓膜で受け取り認識して連絡がとれる。細胞レベルではサイトカインを発し、別の細胞が持つレセプターで受け取り、反応する。反応した細胞が、またサイトカインを発する、という連鎖反応を示し、1個の細胞が出すサイトカイン量が少なくても、結果として大量のサイトカインを出すことができる仕組みになっている。このシステムは、オートクライン・パラクラインと呼ばれている。これが多くの細胞を増殖させたり分化させたりして、組織損傷を修復したり免疫機構を賦活(ふかつ)化したりして働くのである。

桜をはじめとする植物も、実はサイトカインを作る。自己防衛のための免疫機構も備えている。植物から人為的にサイトカインを得るための実際の研究として、インターフェロン(IFN)α、腫瘍壊死因子(TNF)αなどを発現する植物(ジャガイモ、タバコ)も作出されている。細胞の遠い祖先が、動物も植物も同じであるということからすると、うなずける話である。


 PAGE 1/12 →次のページへ


■ アーカイブトップへ    ■ VRMAに戻る



Copyright (C) 2002 Kishigami Veterinary Hospital All Rights Reserved.